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式典参拝、御書を拝して心新たに

三重支部です。

このたびの本部御神体御奉斎記念式典参拝を許され、大いなる光に包まれ、またメシヤ様御直筆の御書を拝すことができ、大変有り難く思います。

「救世教」「神恩無極」「天恩地恵」「大建設」「真善美」「地上天国」どの御書も素晴らしいお文字で圧倒されんばかりに迫ってまいります。

さて、御書「神恩無極」は、普通「限りない神の恩」という意味と思いましたが、「無の極み」とは日常で余り使用しない文字ですので、少し調べてみました。

む‐きょく 【無極】
1 果てがないこと。限りのないこと。また、そのさま。無窮。
2 電極または磁極が存在しないこと。
3 人知を越えた果てしないところ。転じて、宇宙の根源のこと。
                 (コトバンクより引用)
【無】
道家思想で万物・万事の根元である無形・無心の境地をいう。
            (角川 新字源 改訂版より引用)
【極】
・きわめて。このうえなく。
・物事の最高、最上、最終「至極」
・最も中正な至善の道。
・天地宇宙の根本「太極」
            (角川 新字源 改訂版より引用)

五六七教教義『光』号外、昭和24年5月30日 では、

【無限絶対無始無終、宇宙の主宰神たる主の大神は、理想世界顕現の御目的を以て、各時代、各地域に聖者賢哲を出し、救世の経綸を行わせ給う事を信ず。
 主の大神とは、泰西に於てはエホバ、ゴット、ジュウス、ロゴス等々、中国に於ては天帝又は無極、亜細亜に於ては梵天、大自在天、アラーの神又は天之御中主の神と称え奉る。】

と中国における主神様との表現がされております。

また、世界救世(メシヤ)教早わかり 昭和25年11月20日
「本教の誕生」には、

【最高神は遥か雲の彼方に座し、只人類は遠くから礼拝していたに過ぎなかったのである。では最高神とは何ぞやというと、主神に外ならないのである。エホバ、ロゴス、ジュース、天帝、無極、再臨のキリスト、メシヤ等の御名によって、各民族各国家の人民が称え来った神である。主神の御目的は真善美完き理想世界を造るにあるので、それには凡べての条件が具備しなければならないので、神は其(その)時を待たれ給うたのである。其(その)時とは即ち現在であってみれば、人類は此事を先づ認識しなければならないと共に、自己自身の精神革命こそ喫緊時である。】

と御教え下さっております。

しん‐おん 【神恩】とは  神の恵み。「―にあずかる」(コトバンクより引用)

とありますから「神恩無極」の御書は 

【人知を越えた果てしない宇宙の根源である最高神主神様の神の恵みにあずかる。】

という素晴らしい意味を持つことになり、

そして「救世教」の御書は昭和25年にお書きになられたことが御書集「光明世界」に記されていますのでまさしく「世界救世(メシヤ)教」開教後の発展へのメシヤ様の想いがこめられた御書なのではと拝察されます。

この御書が丸11年、12年目を迎える平成23(2+3=5)年5月5日の本部御神体御奉斎記念式典にお披露目となりましたことは、深い神仕組であり救世教(メシヤ教)の使命の大きさを感得せずにはおれないと共に、今日よりの御神業に心して臨ませていただかねばと想いを新たにいたしました。
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「御神体御奉斎記念祭を終えて」

広島支部です。

大変恭々しく、素晴らしい式典に参拝許されました事 心より感謝申し上げます。
力強く、いよいよのメシヤ教の発展を示されたもう、御書、正に神庫に相応しい保管庫、誠の結集の飾り壺は全て代表先生の計り知れない並々ならぬご苦労と誠に対してメシヤ様からの御褒美、御感謝と思える畏れ多い祭典式でした。

人間業では考えられない厳しい日程表を見させて戴き、後退りをしました。
祭典中、ただただ申し訳なく日々甘んじ、偉そうに座している自分に恥ずかしさでいっぱいでした。
今回つくづく他支部責任者との雲泥のレベル差に身の程を知り、何度も話してる人とさえとても気安く話すことも出来ませんでした。

帰り道中、責任の重さに逃げ出したい心境でしたが、自身改革の分かれ道だと意し、心引き締めて頑張ります。 これからも どうぞ宜しくお願い申し上げます。

                     広島支部責任者
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