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教義上の裏付け

本部です。

大黒様の写真を撮影し鎌倉支部に送信するための、最新ソフトとパソコン内のフォトギャラリーとの関連性に不具合が生じ、加えて御教え拝読をパソコン画面で長時間続けても疲れない在り方を模索している際に、更にパソコンを初期化せざるを得えない事態を招いてしまいました。

製造元との打ち合わせで出荷時点に戻す作業をしました。その折バックアップは万全を期したのですが、関連性の原因であったためにバックアップにも不具合が出て、座談会管理人はじめ各支部責任者及び「メシヤ講座」会場提供者の皆さんにはご迷惑をお掛けしました。

昨日、ほぼ復旧し通常の作業ができるようになりました。上記の御教え拝読に関する目論見も旨くゆき、次回の「メシヤ講座」では素晴らしい報告ができるものと思います。

さて、2月度「メシヤ講座」を全国で開催してみて、言霊に関する解り難い文章に対する向き合い方に課題がありました。私が説明したのは、「言霊学だから発声することに主眼を置かなければ理解できない」ということです。それで読み方の見本を示しました。会を重ねる毎に補足して説明を加えるうちに、こちらも引用すべきものが明らかになってまいりましたので、次回特選集にまとめたいと考えています。

そして何より、御論文『文明の創造』では三重支部でアップされた内容の冒頭の質問が的を得ており、『空前絶後の大事変』の中身こそ多くの人々が取り違えていることを指摘することができました。

『最後の審判』を強調しても『文化の切換へ』に対する説明不足のために、恐怖信仰に利用されてしまいました。

取り分け、『文化の切換へ』のための探究、つまり、メシヤ様が『今は言えない』とされた内容を明らかにする取り組みの不足のために、教団紛争に明け暮れてきたのが現実です。例えば、『善言讃詞』の内容(表記)を変更するについても、教義的な裏付けを取らずに行っております。裏付けとは『今は言えない』内容の説明です。説明ができるからこそ変更も可能なはずなのです。

しかし、言霊学を理解していないために言霊の並列に対する認識が浅く、安易な言葉上の解釈で行っているのです。

ですから、それらを正す意味において今月は特に言霊学の大家とされる大石凝氏の文章を引用いたしました。その意味するところをご賢察いただきたいところです。

更に、三重支部では『罪深き者は滅び、罪浅き者は救はれて』に関する質問が出ました。そのことから、メシヤ様が採用された天津祝詞と一般神社が使用している天津祝詞の違いは教義上重要な意味を持つことなども説明できたことが良かった、と顧みています。

浜松支部が近々アップすると思いますので、その内容について次回書き込みいたします。
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